Esoterica:ナンマドール(Esoterica:Nan Matol)
後編


著者:G. W. Thomas
日本語翻訳:TRAM


気味の悪い繋がり
レムリア:ポナペには独自の超自然的な歴史を持っており、ラヴクラフトはそれをクトゥルフ神話と結び付けた。実際、彼がインスマスの問題源としてそれを選んだのもおそらくはその評判のためだろう。オコンネルの著書が出版されると、タムエン島と忘れ去られた都市に関する憶測は燎原の火の如くヨーロッパ社会に広がった。思索家の中にはそここそがアダムとイヴのエデンの園だと主張する者もいた。だがより一般に受け入れられた考えは、ナンマドールがレムリアとして知られる巨大な太平洋帝国の遺物であるというものだった。
 レムリアというアイデアは神秘主義者によるものではなく、科学者により出されたものだった。ウィリアム・T・ブランドフォードはインドとアフリカの地形が似ていることに着目し、彼はかつてはそこに地続きとなるような陸地が存在したのではないかという説を提唱した。そしてドイツ人生物学者エルンスト・ハインリヒ・ヘッケルはアフリカとアジアに住むキツネザル(lemur)の分布を説明するためブランドフォードの説を利用し、この仮説的大陸をレムリア(lemuria)と命名した。
ブラヴァツキー夫人:これらのアイデアは極めて真面目な学術的な提案であったが、19世紀の有名な神智学者にもそのコンセプトを使用されることとなった。ヘレナ・ブラヴァツキー夫人(1831〜1891)は優れた詐欺師だった。彼女は若い頃、サーカスで裸馬に乗ったり、プロのピアニストや降霊術の霊媒などをやっていたが、1870年代に故郷のロシアからニューヨークへとやってきている。虐げられてきた神秘的な女性を装い、この巨体の中年女性は西洋魔術に東洋のインド哲学を混ぜ合わせ、神智学協会を1875年に設立した。霊的指導をインドの「マハトマ(訳注:大聖人や賢者の意)」から受けたとブラヴァツキー夫人は主張している。
 世界を旅し、ブラヴァツキーは著書「The Secret Doctrine」(1888)を売り込んでいった。ブラヴァツキーが言うには、ドジアンの書というマハトマ所蔵の魔術書から借用した内容だそうである。「The Secret Doctrine」では、ブラヴァツキーはアトランティスやレムリアを有名な神話上の都市ハイパーボリアと結び付けている。彼女は人類の進化の過程が7段階に別れることを提唱している。第一根源人種は肉体を持たぬアストラル体(訳注:エーテル体の間違いではないか?)だった。第二根源人種はハイパーボリアをその舞台とし、レムリアの隆盛の影で衰退していった。第三根源人種は巨大帝国レムリアを築いた両性具有の類人猿であり、その衰退とともにアトランティスが台頭した。一部のレムリア人たちは南米やアフリカへと逃げ、インカ人やエジプト人の始祖となった。現在の人類は第五根源人種であり、第六根源人種はアメリカで、最終の第七根源人種は南米でと続いていくという。
 ウィリアム・エメット・コールマンがブラヴァツキーがいかにしてインド神話からアイデアを盗作してきたかを暴露してさえも、彼女の妄言を信奉する者は数多くいる。彼女が恥知らずにもリグヴェーダから一節を丸々盗作していることが判明したにも関わらずだ。1891年の彼女の死後も、ブラヴァツキーの信奉者たちは彼女の教えを支持し続けた。
亀神のカルト:ナンマドールにはかつて独自の宗教と超自然的歴史が存在していた。ナンマドールの存在意義は宗教的な礼拝にあった。この地に住んでいたのは王家と数多の神々に仕える神官たちだけであった。その神々の中で我々がその名を知っているのは只一つ…亀神ナンサンサップである。
 年に一度、ナンマドールの神官たちは神聖なるマスコットとして一匹の亀を選び出す。その亀はその年の終わりまで特別な場所で飼われた。亀は椰子油の聖油で清められ、宝石類によって装飾を施されて一部始終を見守る一人の神官とともにボートでナンマドールを漂う。亀がまばたきをする度に神官も同様の行為をする。そして亀は棍棒で叩き殺され、切り刻まれて儀式的な饗宴にて調理され、王やカルトの神官へと饗される。
 ティレニウス遠征隊の調査によると、ナンマドールの遺棄は「聖なる亀の饗宴」が引き金となって起きた。ナン=マルキ・ルク=エン=メイウの統治の時代(西暦1800年前後)のある年、侍祭の一人が聖なる肉を受け入れようとしなかった。神官は怒り、呪わしい冒涜がナンマドール中に降り注いだと感じたためその夜にはこの地を去った。儀式は汚され、そして(ナンマドールは)うち捨てられた。
ヨカズのドラゴン:ナンマドールに存在したカルトの一つであり、初期の神話には二人の美しい娘を産んだヨカズに住むドラゴン(もしくは巨大なトカゲ)の話が出てくる。娘たちがサタラーと結婚すると、彼女らは自分たちの母親を連れてきてナンマドールに住まわせるよう王に懇願した。ドラゴンが住居へと移り住む際には、聖なる島に運河が掘られたという。自分の義母を初めて見た時、王は彼女の家ごと燃やし殺した。二人の妻は彼の行動に嘆き悲しみ、炎の中に身を投げる。サタラーはそれを嘆き、同じく身を投げたという。

ポナペとクトゥルフ神話
これらの事柄をクトゥルフ神話にどうやって結び付けるのだろうか? ラヴクラフトはポナペが深きものどもと強く結び付けられていることを示唆しており、ゲーム内でポナペを訪れた者は迂闊に辺りをうろつき回れば自分たちが差し迫った状況に追い込まれていることに気づくだろう。穏やかな物腰の宣教師などは誤誘導するのに丁度いい存在だ。
 ヨカズのドラゴンの伝説は深きものどもの影響としておあつらえ向きだ。王の妻がドラゴンの血によって汚れており、それゆえ不潔であるという着想は、「インスマスを覆う影」における深きものどものそれとも良く似ているともとれる。
 CoCに使いやすい話としては、ドイツ系ポーランド人ヨハン・スタニスラウス・クバリーの話がある。クバリーは1800年代にポナペを訪問し、地元から得た情報を元にした長大なポナペの歴史に関する原稿を執筆している。クバリーは異なる島々に四人の妻を娶っていた。彼は妻の一人が男と駆け落ちしたのを苦に、著作の出版前に自殺をしている。原稿は家宝として家族のもとで大事に保管されていたが、偶然にも1930年代に火災によって焼失している。
 少なくとも以上が歴史が語る内容である。だがCoCのシナリオとしては、クバリーの自殺の真相を失恋などではなく、彼の妻の家系や原稿の内容によるものだと考えた方が話が膨らむだろう。彼の親戚や友人が真実を隠そうとし、恐ろしい原稿を火災により焼失するまで隠している場合だってあるかもしれない。
 総括すれば、クトゥルフ神話における架空の背景を持ったポナペは、住民が深きものどもと密接に関係した島である。ポナペのカルトメンバーは宣教師たちの鼻先で極秘裏に活動を続けている。彼らの秘密儀式は誰にも悟られること無く今日まで生き延び、彼らの影響力はいまだ残っている。そしてヨーロッパ人たちを島から駆逐したその日には……

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1994 (C) G. W. Thomas.


訳者ノート:ブラヴァツキー夫人の項を訳すために神智学関連のサイトを回った結果、どうも本記事のG.W.Thomas氏の記述と食い違う部分もありましたが(捕らえ方の違いとも思えるので)訳注などは極力加えずにそのままとしました。
 本文中に出てきた「ドジアンの書」については『クトゥルー神話辞典』(学習研究社/1995)から引用させて頂きます。【ヅィアーンの書とも。神智学者ブラヴァツキー夫人 Helena Petrovna Blavatsky (1831〜91)が主著『シークレット・ドクトリン Secret Doctrine』(1888)などで主張するところによれば、本書は<忘れられたセンザール語 the forgotten Senzar language>で書かれた<世界最古の写本>で、特殊処理の施されたヤシの葉にまとめられているという。コリン・ウィルスンは、同書が『ネクロノミコン』の原本ではないか、とも推測している。】 ドジアンの書のゲーム的なデータについては、ルールブック66頁を参照してください。(TRAM)


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