時空の支配者(The Master of Space and Time

著者:Shannon Appel
日本語翻訳:TRAM


本文章は≪イースの偉大なる種族≫についての研究の成果を記したものだ。神話に登場する諸種族のなかで、≪偉大なる種族≫は数多くの異星よりやってきた種族中の一種族である。

原文では≪偉大なる種族≫について『Great Race (of Yith)』や『Yithians』と表記していますが、訳語は全て≪(イースの)偉大なる種族≫で統一しました。また≪大いなる種族≫とも訳される場合がありますが、クトゥルフのルールブックの表記にしたがっています。また、本文に出てくる≪盲目のもの≫の原語は『flying polyp』で、≪先住種族≫(elder race)と呼ぶ場合もあります。

歴史
遥かなる太古の時代、≪偉大なる種族≫は超銀河世界<イース>に居住していた。その世界は如何なるものだったのか、≪偉大なる種族≫は彼の地でどのような形態をしていたのか、それを知る術はほとんどない。≪偉大なる種族≫の最初の文明は何十億年もの長きに渡って存続し、それゆえに他に比するものなきテクノロジーを築く事ができた。そしてついには、時をも超越した。

 それから数千年の時を経て、イースにも終焉の時が来た。母星は宇宙に漂う黒ずんだ抜け殻となった。だが≪偉大なる種族≫は故郷と運命を共にはしなかった。時を支配する機械を使い、時空を超えて精神を投影した。そして彼らは人類が誕生する五億年前に、地球に居住する円錐体生物と精神交換を行なった。この新しい身体の元の所有者の精神は宇宙を越え、冷たく孤独な死の世界イースへと押しやられてしまう。

 この円錐体生物には原始的ながらも知性が存在していた。そして長きに渡って≪盲目のもの≫――物質的なのは体の一部だけという地球外生命体――に支配されてきた。進んだ科学技術により、≪偉大なる種族≫は――≪盲目のもの≫に対抗し得る武器――電撃銃を開発した。彼らはその武器で≪盲目のもの≫を玄武岩の都市から一掃し、地下深くへと追いやった。

 敵を排除した事で、≪偉大なる種族≫は新たな文明を築き出した。世界中に都市を築いた中でも、最大の都市はナコト――のちにオーストラリアと呼ばれる大地の中心部にある――であった。新文明の目標は知識の摂取であり、ゆえに≪偉大なる種族≫は類を見ない大図書館を建造した。≪偉大なる種族≫はタイムトラベル装置を駆使し、自己の精神を時空のあらゆる場所に投影して、可能な限りのあらゆる知識を集積し始めた。

 ≪偉大なる種族≫が築いた新世界は必ずしも平和なものではなかった。クトゥルフの落し子、≪古のもの≫、ミ=ゴなど当時地球に居住していた生物と≪偉大なる種族≫は時折争う事もあった。だが≪偉大なる種族≫はこれらの生物に恐れを抱いてはいなかった。≪偉大なる種族≫が真に恐れていたことはただ一つしかない。未来を調査する事によって、≪偉大なる種族≫はいつの日か≪盲目のもの≫が地下世界から飛び出して、≪偉大なる種族≫の文明を完膚なきまでに破壊する事を知っていたのだ。

 そのハルマゲドンの時がついに来た時、≪偉大なる種族≫は既に準備を完了していた。彼らはいっせいに己の精神を、遥か未来に人類の滅亡後に繁栄する≪強壮な甲虫類≫の肉体へと転移した。甲虫の精神は円錐体生物の肉体に取り残され、≪盲目のもの≫による破壊に直面するのだった。

 地球が終焉を迎える際には、≪偉大なる種族≫は水星に棲む球根状植物の肉体にへと再度精神を転移させるという。

現代世界における≪偉大なる種族≫
≪偉大なる種族≫は現代世界においては肉体的な存在はほとんどいない。彼らは遥かなる太古とそして未来に生きており、現代には存在していないのである。

 ≪偉大なる種族≫が現代に肉体的な存在として出現したのは二例のみだ。

 1920年代には、教団信者の極めて強力な呪文によってカカカタク(Kakakatak)という名の≪偉大なる種族≫が時を越えて肉体を持った存在として出現している。この出現は彼の意思によるものではなく、単なる事故とも言えるものであった。

ちなみにこのカカカタクはキャンペーンシナリオ『The Complete Masks of Nyarlathotep』に登場します。

 1960年代には、≪偉大なる種族≫の一団が円錐体の肉体から現代へと転移し、人間形態をとっている。侵略の意思があったようだが、≪偉大なる種族≫の真の目的は謎だ。彼らのテクノロジーが異なっていた事を考えると、≪偉大なる種族≫の多くが精神転移を行なった有史以前の地球から彼らがやってきたのではないのかもしれない。

ダーレスの書いた『ポーの末裔』の内容のことを指していると思われます。この小説のラストには触手のある円錐体のエイリアンが登場していました。

 ≪偉大なる種族≫が現代世界に精神的に出現した例は僅かだがある。我々の時代の知識を得るため、彼らは時を越えて精神を転移させ、一時的に現代人の精神を退去させるのだ。何世紀においても、この≪偉大なる種族≫の精神と接触したという事例は何例か記録されている。≪偉大なる種族≫が犠牲者の肉体を支配した際には、その振る舞いの異質さからか目立つ事が多く、また肉体を去った際には(犠牲者は)記憶喪失になる。≪偉大なる種族≫は我々が彼らについて多くのことを学ばぬように、遥か過去における犠牲者の滞在の記憶を消してしまう事が多いようだ。

 我々の知る限りこの(人類に対する)精神転移は我々の歴史が始まる時から続いているようだ。彼らが甲虫や水星人の肉体に棲む事となるのちに、≪偉大なる種族≫の行なう手法に変化が見られたり、巧妙さを増したかどうかは定かではない。

 ≪偉大なる種族≫を支持する教団が現代において活動を行なっている事は知られている。彼らは≪偉大なる種族≫が我々の時代に転移してきた際に助力をし、また≪偉大なる種族≫の秘密を守るためであれば殺人行為も辞さないようだ。この協力の見返りに彼らが得る利益は何かは、現時点では不明である。

 現代の冒険家が有史以前の≪偉大なる種族≫の文明の遺跡に遭遇する事もあり得る事だ。彼らの書物は強靭な紙に印刷されており、金属製の箱に保存されている。そして奇跡的にもその書物は時を越えて存続している。ナコト遺跡や他の≪偉大なる種族≫の都市遺跡では、現代人は書物の巨大な保管庫や我々を遥かに越えた太古のテクノロジーと遭遇することだろう。≪偉大なる種族≫の最大の魔道書の一つが「ナコト写本」である。

生態
≪偉大なる種族≫は本来、精神生命体である。彼らは遥か昔に本来の肉体を捨て、時空を超えて他者の肉体に連続して憑依する事で精神を移動させている。現実的な肉体を持っている時でさえ、彼らは多少の精神的パワーやテレパシーを使用する事ができる。

 ≪偉大なる種族≫は有史以前に憑依していた円錐体生物と関係が深い。円錐体生物の肉体の元の持ち主であった存在の知性に関しては、それが極めて原始的であったという事以外にはほとんど何も知られてはいない。

 円錐体生物は動物界・植物界両方の側面を併せ持っている。身長はおよそ3mで、基部の横幅もおよそ3mある。肉体は頂点へ向かって円錐状になっている。その頂部からは半弾力性のある付属器官が四本別々に伸びている。これらの付属器官は3mほど伸ばす事も可能だ。未使用時の長さは1.5mほどで、ぐにゃりと垂れ下がっている。

 付属器官のうちの二本は頂部の両端にあり、先端はハサミ状になっている。この二本は主に持ち上げたり、物を掴むために使用される。だが円錐体生物はあまり機敏には動かすことはできないようだ。三本目の付属器官の先端は、トランペット状の奇妙な器官が四つついた形状となっている。これは円錐体生物が食物を摂取する際に使用する口である。円錐体生物は主に栄養価が高く、糊状の半流動食を摂取する。四本目の付属器官には円錐体生物の感覚器官が備わっている。この器官の先端は球状で、三つの目がある。この頭部の上からは花にも似た蔓が四本出ており、この器官が円錐体生物の耳の役割を果たしている。頭部の下からは八本の短い緑色の触手が伸びている。この弾力性のある触手はとても器用に動き、それゆえ円錐体生物は細かい作業をする際にこの触手を使用する。

 円錐体生物の皮膚は皺が寄っており、でこぼこしている。またその皮膚は虹色の光沢があり、動くとその色彩は変化する。円錐体生物の皮膚の隆起部の間からは肉も見えるが、隆起部の皮膚はとても固い。円錐体生物は、腹足類のそれにも似た強靭な脚によって支えられている。それは移動と生殖にも使用される。

たしかに皮膚はなかなか堅いですね。なんせ装甲8ポイントの皮膚ですから(ルールブックより)。
腹足類(Gastropod):軟体動物の一種で、巻き貝などの類を指しているようです。種類は違いますが、ナメクジの足?なんかがイメージとしては近いかも。

 円錐体生物の細胞の再生周期は極めて早く活発である。円錐体生物が疲労することは稀で、眠る必要も全く無い。さらにこの肉体は数千年ものあいだ生命活動を維持し続けるのだ。

テクノロジー
≪イースの偉大なる種族≫のテクノロジーはまさしく驚異としか表現の仕様がない。宇宙全体で見ても最も高度に発展している部類に入るといえよう。実際、≪偉大なる種族≫という名も彼らが時間をも征服したことに由来するのだ。理由は不明だが、不浄なるティンダロスの猟犬はこの種族が時の角度を渡ることについては気にもしていないようだ。

 彼らは極めて適応性が強く、新たなる問題に直面したとしても、それを打ち破るような技術をすぐさま発明する。≪盲目のもの≫の脅威に対する電撃銃のすばやい開発は、この特質をよく表している好例だ。

 ≪偉大なる種族≫は生理学にも理解が深く、肉体の各器官や精神にさえも効果を及ぼす装置も造っている。エントロピーを破ることはできないにしろ、彼らは少ない運動エネルギーで機能する装置を開発している。≪偉大なる種族≫が造る大抵の装置はでかくて不細工だが、極めて合理的であり、また複雑なナノテクノロジーマシンを開発することも可能だ。

 現代の原始的な素材を使ってでも、我々の時代にやってきた≪偉大なる種族≫は現代テクノロジーの数百年は先を行く装置を作ることができるのだ。

社会
≪偉大なる種族≫の社会は、社会主義的知識階級社会である。

 知性が大いに重んじられており、次の転移体へ精神を移行させる際の≪偉大なる種族≫の主要な選考基準ともなっている。その結果、円錐体生物の社会はほとんど哲学者や科学者だらけとも言える。それゆえ直面する如何なる問題に対しても対応し、解決することが可能なのだ。

 社会主義的社会ゆえに、全てのものが≪偉大なる種族≫同士で公平に分配される。もし≪偉大なる種族≫のある一人が何かを必要としたら、親族の承認のもとに彼はその必要としているものを手にすることができるのだ。

宗教
≪偉大なる種族≫が崇める神は誰も知らない。


クトゥルフの呼び声シナリオアイデア

1.『彼方より』

≪偉大なる種族≫の社会に破滅の時が近づいた時には、優秀な者を選別し未来の時代を生きる生物の肉体へとその精神を転移させていた。だが残された者たちの身には何が起こったのだろうか? 彼らは終末の世界に自身の最後の日を待ちながら生きることを善しとしたのだろうか、それとももっと別の望みがあったのだろうか? 現代の地球で新たな伝染病が発生した。おびただしい数の人々が突然性格が変わり、過去の生活と決別している。これは太古のイースからの侵略の結果によるものだ。彼らは探索者が知る哲学者的な≪偉大なる種族≫ではなく、おのれの世界で死を待つのを嫌った反逆者達だった。

 探索者達がこの侵略に対抗しうる唯一の手段は、遥か昔の≪偉大なる種族≫と同盟することだ。遥かなる太古の世界へと向かう手段を見つけることそれ自体が冒険であり、探索者が救世主となり得る存在が円錐体生物であることを確信していなければならない。

2.『哲学者』

探索者達は新しい後援者――この世に対するとても突飛な見方を持つとある哲学者――を得た。彼らはこの人物が本当は≪偉大なる種族≫の哲学者――甲虫の体を持った遥かな未来の時代からやってきた存在――であることなど知る由もない。彼は未来の世界の新しい知識と理解を手に入れており、自分の目的達成のために探索者達を利用する。彼はこの世界を不滅のものとするための手段は、グレート・オールド・ワンや旧神によるエントロピーの増大を永遠に回避することだと確信していた。この目的自体は共感を呼ぶが、彼にとっては人類など取るに足らないシミであり、哲学者の計画には人類の滅亡をもが含まれている可能性がある。所詮彼は我々とは異質の知性の持ち主なのだ。

3.『カルト』

現代における≪偉大なる種族≫を支持する教団は冒険のアイデアとして色々と使うことが可能だ。もし探索者達が≪偉大なる種族≫に関する情報を公にしようとしたり、時を越えてやってきた存在の利害に反する行動をすれば、この教団が探索者達に妨害活動をすることは明らかだ。もし教団が誤って探索者の一人を≪偉大なる種族≫が転移した存在だと信じてしまえば、ユーモラスな展開も起こり得るだろう。

NEPHILIM シナリオアイデア
NEPHILIMはクトゥルフ神話を扱ったゲームじゃないが、≪偉大なる種族≫という存在に集約されたそのコンセプトの幾つかは利用可能だ。結局NEPHILIMという存在は、自身の肉体を脱して宇宙を越えてやってきた精神生命体なのだから。もっとも≪偉大なる種族≫は宇宙を越えるだけではなく時をも越えてやってきた精神生命体ではあるけれども。

 ≪偉大なる種族≫のような存在こそがNEPHILIMの進化の次なるステージ足り得るのではないだろうか。あるいは彼らはAgarthans(アガルタ人?)で、Nephilimは束の間の霊魂(Ka)もしくはそれに類する何かを持っているのだろうか。時を越えNephilimさえも追い払う悪意ある存在なのだろうか。

NEPHILIMとは、Chaosiumが出しているホラーRPGのことです。その背景や世界観などについては全く知らないので、上記の翻訳内容については自信が全くありません…。というか、内容が掴めない個所がいくつも…。なので、すいませんがそこら辺を差し引いてお読みください。

参考資料

この記事は『Starry Wisdom V1 #2, Spring 1997』用に執筆したものです。雑誌『Starry Wisdom』最新号を定期購読したい場合は、『Cult of Chaos』に入会しましょう。

join the Cult of Chaosなんて書かれていますが、それがChaosiumのファンクラブ?なのかは不明です。入会方法は書かれていないし…。で、実際には『Starry Wisdom』は休刊中のようですね。ですが記事の一部はオンラインで読むことができます(英語ですが)。

(トップへ)

Shannon Appel


訳者ノート今回書きたい事はあらかた本文中に書いてしまいましたので、あまり書くことは無いんですが(汗)。えと、前回掲載した『イグの子供たち』に続いて、Chaosium発行の雑誌Starry Wisdomからの記事の翻訳転載です。(TRAM)


前に戻る